「いじめ」と「不登校」そして「新任教諭の早期退職」はどのように繋がっているのか【西岡正樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「いじめ」と「不登校」そして「新任教諭の早期退職」はどのように繋がっているのか【西岡正樹】

生徒や教師にとっての「学校の居場所」とは

  

■突然学校に来なくなったのは、4年生の後期にからだった

 

 三郎(仮名)が突然学校に来なくなったのは、4年生の後期に入ってからだった。学校に来なくなった当初、その理由を「先生に強く注意されたから」と言っていたが、野球の練習にも行かないので、「おかしいな」と思い、お母さんがさらに聞いてみると「野球チームのコーチに叱られたから」と三郎は言い始めた。結局、三郎自身も周りの大人たちもはっきりした理由が分からないまま、三郎が家に閉じこもる日々は続いた。

 自分の思いを素直に伝えられない三郎は、どのような場面(学校、家、遊びの場、野球クラブなど)でも、嫌なことを「嫌だ」と言えず、やりたくないことも「やりたくない」と言えずにいたことが分かった。三郎はずっと我慢し続けてきた。そして、4年生の10月、三郎はすべてを拒否し、自分の部屋に閉じこもったのだ。

 学校に行かなくなった三郎は、担任の私と会うことも拒否し、仲の良かった友だちが来ることも拒んだ。そこで、学校を巡回するスクールカウンセラーと面談し、そしてお母さんの意向も聞いて、私と三郎の関係を切らずに維持する方法を探ることにした。それも、三郎の負担にならないように関わることが条件だった。私は、毎日通勤途中に三郎の家に寄り、三郎にひと声かけて学校に行くことにしたのだ。

 「おはよう三郎。先生だよ。調子はどうだ?」

 当然のことながら、私の声かけに対しても三郎からの反応は何もない。そんな日が23週間続いた。何の変化も見出せない日々に少し虚しさを感じ始めていた私だが、お母さんから次のような話を聞いて、気持ちが前向きになった。

 「初めは先生が来たら部屋の隅に隠れていたのに、それからしばらくしたら先生の声が聴こえても隠れなくなりました。そして、今は先生が来るとドアに近づくようになったんですよ」

 見えないところでも変化があると分かった途端に、「やる気」が再びむくむくと大きくなってくるのだから人って単純な生き物だ。

 そして、一つの変化は二つ目の変化に繋がった。ある日、三郎に声をかけて学校へ行こうとすると、お母さんが部屋の入口の方を指さすではないか。「おや」と思い、お母さんの指さす方を見ると引き戸がほんの少し開いているのが見て取れた。私の体が自然に動き、靴を脱いで引き戸の近くまで近寄り隙間に顔を寄せると、なんとそこに三郎の手があったのだ。咄嗟に私の手が動いた。そっと手を引き戸の中に入れ三郎の手を握る。三郎は驚きもせず手を握り返してきた。私と三郎が再び繋がった瞬間だった。そして、そこが三郎にとって一つの「居場所」になったのだ。

 それから三郎と私は、三郎の「居場所」で再び話をするようになった。すでに、三郎が部屋に引きこもって1か月近くが経とうとしていた。お母さんも三郎も学校には行かせたい、行きたいと思っていたので、そのために何をすればいいのかをみんなで考え、それぞれが協力しながら行動した。お母さんはスクールカウンセラーと月に1回の割合でカウンセリングを受け、私もそれに合わせカウンセラーと話をし、これからの方向性を探った。そして、三者で確認したことを焦らずにやり続けた。

 放課後の教室に三郎が向かったのは、それからさらに1か月が過ぎようとする頃だった。放課後誰もいない教室に3人(お母さんも一緒)で行き、三郎の席が何処なのかを教え、同じグループのメンバーは誰なのかを伝えると三郎は自分の席に座り、教室の中を見回した。教室では何も言わなかったが、少し穏やかな顔になったように私には見えた。

  しかし、三郎が再び教室に戻りみんなと笑顔で話をするまでに、その日からさらに、1年という時の長さといくつもの居場所が必要だった(その間に三郎は5年生に進級し、私が再び担任になった)。

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西岡正樹

にしおか まさき

小学校教師

1976年立教大学卒、1977年玉川大学通信教育過程修了。1977年より2001年3月まで24年間、茅ヶ崎市内の小学校に教諭として勤務。退職後、2001年から世界バイク旅を始める。現在まで、世界65カ国約16万km走破。また、2022年3月まで国内滞在時、臨時教員として茅ヶ崎市内公立小学校に勤務する。
「旅を終えるといつも感じることは、自分がいかに逞しくないか、ということ。そして、いかに日常が大切か、ということだ。旅は教師としての自分も成長させていることを、実践を通して感じている」。
著書に『世界は僕の教室』(ノベル倶楽部)がある。

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